今まで私なりに想像したリーダー像を体現してきていたと思いましたが、ヘルプデスクの業務として受注したイントラネット内で公開されるホームページ作成の件で、生じた小さい亀裂はだんだんと広がっていきました。

きっかけは私の改善提案から

今回のヘルプデスクでも、受付件数と対応時間を減らす目的で手順書の作成を提案したのです。統括リーダーからは了承をもらい、実際に自分が手本となるものを作成してメンバーに展開したのですが、この統括リーダーのレビューが思ったよりきつく、トーン&マナーだったり、表現にブレがあったり、WORDの機能を使った体裁にまでチェックする人物でした。

その厳しいレビューに耐えられないメンバーから不満の声が上がり、手順書のレビューが厳しすぎて作成したくないというのです。そこで私が統括リーダーと話をしたのですが、逆に指導がなっていないと怒られてしまう始末。

そのため、最終的には手順書はすべて自分が作成するか、私でレビューをして指摘箇所を修正し提出するという流れができてしまいました。

最初のホームページ事件に加え手順書の件もあって、統括リーダーとメンバーの間もあまり良い関係ではなくなってきていました。

会社にはメンバーから報告が上がっていて、私は会社から幾度となく呼び出しをくらい、説明したり先輩からアドバイスを受けたりするようになり、週次で報告書を出すようになっていました。

どんどん私の仕事が増えていく、そしてやることに対してメンバーは文句をいって作業をしてくれない。どれだけわがままな連中だと思いました。でも、今までが順調すぎたのでこれは試練だと思い対応し続けてきました。

増え続ける作業、業務時間では収まらず自宅に睡眠時間も奪われ、まともに出勤すらできなくなってきた時、仕事中に倒れてしまったのです。大事には至らなかったのですが周りは気をかけてくれることもなく、変わらず大量の仕事を押し付けてくる状況に、私は「リーダーをやめる」と上司に話したのです。

体調を悪くしてまで仕事を無理に続ける必要はないと、そして、誰1人として私の仕事をカバーしようとしてない態度を見て守るべき連中ではないと思いました。リーダーがメンバーと同じ仕事をしていたら、実際にそのプロジェクトは回りませません。それを若い連中に分からせるのも私の仕事でした。ただそれを怠ったのもあるので、こういう結果になっても仕方がないのかもしれません。いうことを聞かないとして、私自身がメンバーを上司に報告し退場にさせることもできました。また、会社から業務の妨げになるような連中なら、退場させる権利を与えられていました。でも、私はそれを行使するつもりはありませんでした。それはメンバーの反発したい気持ちも、理解していたからです。

反発したい気持ちをぶつけるところがないので、私にぶつけてきたのでしょう。最初は受け止めて対応していましたが、倒れてしまった以上はもうカバーするのは無理です。本人たちも私が守っていたことに、気がつくのがちょっと遅かったかもしれません。

ですが、私はもうリーダーとして、メンバーを守る気はありません。そこで私は統括リーダーにも「リーダーを辞めさせてください」とお願いしました。休職することもできず、数日休みをとって病院で検査を受け他のですが、大した異常はなく「疲れ」として処理されてしまったのです。

こうしてリーダーから一般社員に降格してもらい、引き続きヘルプデスクスタッフとして仕事復帰したのです。

 

リーダーとしての考え方

こうして5年近くリーダーとして勤めてきましたが、ようやく肩の荷を下すことができました。

それでも、大臣や審議官などの役職が高い人材の担当は私がやるようになり、自然と幹部クラスの方々と話す機会が増えていました。また、IT部門を取り扱う部署の役職者とも仲良くなり、さらに、私の意見が通りやすくなっていました。

ちなみに、私が作成したイントラネットトップページは、次のシステム改修が入るまで利用され続けました。そして、営業はその売り上げをきちんと自分が勤めていた会社の売り上げとして計上させてくれたようで、その時のボーナスもだいぶもらった記憶があります。

やはり、改善や提案が色々できる人間は、結果的に仕事が舞い込んでくるのかもしれません最初は面倒で本来のヘルプデスク業務とは別の仕事になるので引き受けるのは嫌だったのですが、仕事を取ってくることで、次の仕事に繋がったり別の評価をもらえたりするわけです。

SEは昔から営業いらずともいわれています。それは、こういう風に「あなただったら任せられる」として仕事が入ってくるのです。

最初はお金にならないかもしれませんが、どんなに小さな案件でも引き受けることで結果的に会社の評価がもらえて収入が増えるかもしれません。そのためにも、リーダーとなる立場の人は、仕事は選ばずに引き受けてメンバーに渡して進捗を管理して業務をしないと回らないのです。

こうして将来の売り上げに、貢献できると考えられる人材でなければリーダーにはなれないでしょう。

 

ヘルプデスクスタッフとしての復活

リーダー職から無事に離れることができたので、心機一転でヘルプデスク業務にスタッフとして引き続き官公庁で業務を行うことになりました。

今までのようにヘルプデスクの全体像を考えなくても良いので、とても気楽に業務をして定時になった退社する生活に変わりました。メンバーの中でも何かにつけて文句をいってくる奴が、後任のリーダーになりました。初めの頃は、昔自分だったらこうするといっていたことを実践していたようですが、次第に統括リーダーとぶつかる頻度が増えていっていました。

そして、後任のリーダーは会社経由でクレームが上がり、数ヶ月もしないうちに退場となってしまいました。リーダーとして自分のことだけを考えて行動してしまうと、商流が上位の会社からクレームになるのは当たり前です。私がやっていたことは正しかったことを確認することができましたが、すべてがこのパターンに当てはまるというわけではありません。

この後、もう一度リーダーをやってほしいという話もありましたが、私は受けるつもりはありませんでした。メンバーからも数名が復帰の声を期待していたようですが、それも都合がいい話じゃないですか。

ですが、根っからの改善大好き人間なので、黙っておれず統括リーダーと一緒に改善提案を進める役割を与えられていました。その後、新任のリーダーがやってきました。改善運動やヘルプデスク以外の業務については直接振られるようになりましたが、しいリーダーはそれもちゃんと時間配分として考えてくれていたため以前より行動がしやすくなりました。

私は、メンバーに対してこのように接することができなかったのでしょう。そのリーダー像を見ていろいろ勉強させてもらいました。ただ、今後私の中でリーダーや管理職になりたいという思いはここでなくなりました。それ以来、出世したいという思いも無くなってしまいました。

 

次々と新しいサービスを展開するヘルプデスク

官公庁のヘルプデスクやシステム運用などのIT関係の契約は、4年で再度入札をかけて、選ばれた業者が4年運用業務を行います。

私たちがお世話になっていたプロジェクトを引き受けていた会社は、落札して再度4年継続してヘルプデスク業務を行うことになりました。その時、ヘルプデスクも増員することが決まりました。その代わりサポート範囲が広がり、私もサブリーダーになるしかない状況になってしまいました。

最初は嫌だと断っていたのですが、統括リーダーからも切望されサブリーダーとして復活することになりました。その代わり新しいシステムのサポートや準備などを、指示して対応して欲しいとのことでした。そのシステムとは、自宅や出張先でもパソコンを持っていくことで本庁に出勤した時と同じような環境を利用できるテレワークシステムだったのです。

それから手順書や初期設定手順や申請が許可された職員に対するメール文面の作成、FAQの刷新などいろいろな準備を進めていました。電話も専門担当として対応していました。専任となると、昔ホームページを作成していた時のことを思い出してしまいました。でも、その時はメンバーからは不満もなく、私ともう1名の2名体制で立ち上げから運用開始数ヶ月を担当しました。それから内部に展開する資料を作成して、メンバーに引き継ぎをすませると全員でテレワークシステムのサポートも、ヘルプデスクの対応範疇としてサポートするようになった頃から、メンバーからまた不満の声が上がってきたのです。

それはテレワークシステム用の手順書を作成したところ、統括リーダーの厳しいレビューが待っていたのです。

それまで私がすべて1人で対応していたので、直接統括リーダーのレビューを受けることはありませんでした。ですが、私がリーダー職を離れ、レビューする人がいなくなってしまったために手順書を作ることすらも忘れていたようです。それからは、私が手順書の作り方をレクチャーして、それぞれが手順書を作れるようにして、レビュー結果はリーダーを経由してメンバーへ修正依頼をするようになりました。

 

いやでも仕事だからやらないといけない

この時に私の大きな失敗は、メンバーのやりたくないことを引き受けてしまったことかもしれません。嫌だといわれたとしても、何か理由をつけて実施させなくてはならないと思いました。いつまでたっても自分たちが言ったことが、正しいのだと勘違いさせてしまうことになるからです。

それから、数年後に私もその現場を離れることになりました。立ち上げ当初からすでに12年が経過しており、ヘルプデスクもだいぶ様子が変わってきました。そして、最後のみんなに挨拶をするときに、「嫌なことは、自分から率先してやるように」と助言して終了しました。

最後はいろいろありましたが、一生懸命ヘルプデスク業務に携われたかなと思いました。ちょっとさみしくもありましたが、これから運用や設計などの上流工程に携われるように転職エージェント経由でスキルチェンジ転職することが目的でした。

ちょっと長すぎた感もあり、辛いこともありましたが、楽しく私の実績や成果を残せたのではないかなと思っています。