飲食店の仕事に希望ある夢を アルバイト・正社員で10年以上働いた体験談から大変さ・やりがいを解説

業界裏話

まず初めに。

楽な仕事なんてありません。

それだけは確かだと思います。

もし楽な仕事があったら、それはあっという間に食い散らされて無くなってしまいます。バーゲンのセール品のように。押し合いへし合いされながら。

楽な人生が無いように、楽な仕事なんてありません。全て埃のかぶった売れ残りです。

それならせめて自分が好きだと思える、せめてある程度ましだと思える、仕事を選びましょう。ささっと埃を払ってあげられるぐらいは可愛げのある。

ただ忘れないでください。どんな仕事にも、そこに人がいて、その人が働くことによって、世の中は成り立っているということを。

飲食店の仕事は大変なのか?

私はこれまでに飲食店で10年以上働いてきました。接客もやりましたし、キッチン業務もやりました。

とくに大きな理由があって飲食店の仕事を選んだわけではありません。親も同じような仕事をしていたとか。自分にもできそうな仕事で社会勉強をしてみようとか。その程度の動機です。

割に合う仕事なのかというと、微妙なところです。

忙しい時は忙しいですし、暇な時は暇です。暇な時も暇なりに疲れたりします。やることがなさすぎて。

休み届けを出さないかぎり、正月休みもないでしょう。

正月は飲食店にとって一番の書き入れ時です。従業員にとっては魔の1週間となります。

とくに就任後初の1月2日3日辺りはあらかじめ覚悟をしておきましょう。

何の覚悟かというと、肉体と精神が乖離しないように繋ぎ止めておく覚悟です。

基本ずっと立ち仕事なので、慣れるまでは辛いです。でも人は座って過ごす時間が長いほど寿命が縮まるという研究がありますよね。なのでそこは得したぐらいに思っておきましょう。そうやって物事の良い面に目を向けることはとても大事です。

飲食店の現場で働くことは、これといって特殊な仕事ではありません。

飲食店は世の中に無数に存在していて、常にアルバイトの募集がかかっていますし、働いたことがない人もその仕事内容を想像することはそれほど難しくありません。

そのためこれから私が語っていく内容は、ある程度一般論を省いた内情的なものであるとお考えください。こういう側面もあるんだと思って楽しんでいただけたら幸いです。

ある飲食店現場でのアルバイトの話

私は先ほど長く飲食店で働いてきたと豪語しましたが、実は正式な社員としてではなくずっとアルバイトとして働いていました。

そのため業界希望者の方が飲食店関係の会社に入社するためにどのような準備が必要なのかはわかりません。ただネットでざっと見てみたかぎり、飲食店への入社は残り物のような扱いを受けていて、とくに長時間労働を余儀なくされるところが嫌われているようですね。

一応私は、業界希望者の方を応援するような形で記事を書いてほしいというお達しのもとこの文章を書いているので、あまりネガティブなことは書きたくないのですが、綺麗事を並べ立てることがみなさまの後押しに繋がるとは考えていないので、ある程度正直に書かせてもらいます。

働いてみるとわかりますが、飲食店の現場の仕事では社員もアルバイトもほとんど関係ありません。

私は高校を卒業してすぐにフルタイムで飲食店で働き始めましたが、3ヶ月ほど経ったころにはすでにその時間帯の責任者として店を任されていました。

「もう今日は生きて家に帰れないかも」という思考すら頭をよぎった大変な日々です。

飲食店社員の特徴

それとこれは私の主観ですが、飲食店ではどちらかというとアルバイトよりも社員のほうにだらしない人間が多いです。

社員でありながら遅刻することが日常茶飯事の人間もいます。アルバイトがいなければまったく成り立たない仕事なのです。

「あなた本当に店長ですか?」

と、私は面と向かって口走ったこともあります。誰も言わないなら俺が言ってやろうと思ったようです。若かったのですね、このころは。

飲食店の仕事では、もちろん能力も多少は必要になるかもしれませんが、それよりも毎日真面目に働いてくれる人材が重宝されます

これは上の人間の指示に素直に従うYESマンという意味ではありません。言うべきことははっきりとぶつけましょう。

社員はだらしないとは書きましたが(もちろんちゃんとしている社員さんもいますよ)、言っても社会人です。

こちらの言葉にはしっかりと誠意をもって応えてくれます。

ラーメン屋で働いていた際の従業員の労働態度

あたりまえのことですが、飲食店はお客様ありきの仕事です。まあ飲食店に限ったことではないですが。

これは私がショッピングセンターのフードコート内にあるラーメン屋で働いていた時の話です。

私の出勤時刻は、シフト上では朝の8時です。実際にはいつも7時半ごろには出勤しています。シフトに書かれている時間はあくまで建前です。現実を見ない夢見者でないかぎり、出勤時間が遅れれば苦労するのは結局自分である、ということを知っています。フードコート内のお店では、かの有名なドーナッツ屋さんの従業員がいつも一番早く来て仕事をしていました。それだけ準備に時間がかかるのでしょう。次いで私がいつも二番目に早い出勤だったようです。

 

この日はもう一人朝の8時に出勤予定の人間がいました。

8時を過ぎても、その人間はやって来ません。

連絡も無し。

 

時刻は11時。この日は土曜日で、フードコートには既にどんどん人が溢れています。

シフトでは、11時に出勤してくる人間が3人いるはずでした。ただ時間通りやって来たのは、たった1人。5人体制で臨む時刻のはずが、2人しか揃っていません。

店の前には既に行列。この行列は午後2時ぐらいになるまで途切れることはありません。

仕込みもままなっていないまま、覚悟を決めるしかありません。仕事を放棄して逃げ出さない限りは、目の前のお客さんの対処をするしかないのです。それが飲食店の宿命です。お客様は神様です。

 

12時を過ぎたあたりで、11時に出勤するはずの2人がやって来ました。そのうちの1人は店長です。8時に来るはずの人間は依然として行方不明です。

12過ぎにやって来た2人は、謝罪の言葉もなく仕事を開始しました。おそらく申し訳ない気持ちはあるのでしょうが、現場の状況を見て今はそれどころではないと悟ったようです(「やばい、やばい」と小声でブツブツ呟いているのが聞こえました)。

 

私はもちろん頭に血が上っている状態でしたが、お客さんを目の前にした仕事中でしたし、ここで怒鳴り散らしたところで運気が好転するわけでもありません。

ここで私が怒鳴ろうが怒鳴るまいが、地球はいつものように自転をしているのです。世の中は滞りなく回っています。カタツムリはノソノソと動き、リスはどんぐりにがっついています。

時刻は午後2時になり、店のほうもどうにか落ち着きを取り戻して、私は休憩に入りました。いつもならまかないをつくって食べるのですが、この日はそんな気にもなれません。

私はバックヤードに回り、転がっている空のダンボールを思い切り蹴り飛ばしました。それからグーの拳を思い切り壁に叩きつけます。

音を聞きつけたのか、店のほうにいた店長が急いで私のほうに駆け寄ってきて、「すみませんでした」とようやく頭を下げました(余談ですが、私が「あなた本当に店長ですか?」と言った相手は、この店長ではありません)。

 

後日、その日に8時出勤であったのに無断欠勤をした人間が普通に出勤をしてきました。謝罪の言葉は一言もありません。

店長が気を遣ったのか、私のことを指して「この前彼が大変だったんだよ」とその無断欠勤をした人間に言いました。

するとその人はヘラヘラと笑ったまま、「ああそうだったんですか。ハハハ」と能天気な言葉を発します。

その人は女性であったので、私は怒りを通り越した嫌悪と軽蔑を内に秘めたのみで事なきを得ました。しかしもしその人がいけ好かない野郎であったのなら、今頃その人間はラーメンのスープの出汁になっていたはずです。

このように、飲食店では往々にして、他人に迷惑をかける人間が出没します。

注意しましょう(どうやって注意すればいいのかは、その辺にたむろしているハトにでも聞いてください)。

彼らだって生きてます飲食店に出るあの生き物

今度は先ほどとは少し視点の異なる話になると思います。

これは私が中央区のとある中華料理屋で働いていた時の話です。

簡単に言ってしまうと「出る」んですよね。彼らが。

出ると言うと、一般の人はあの闇夜に蠢く生命力の高い黒き昆虫、あいつらのことを思い浮かべるかもしれませんが(うらめしやーの話ではありませんよ)、飲食店の場合はちょっとだけ規模が違います。もちろんそっち系の彼らも作業場の隅でコソコソ蠢いていて、私が一番に店に出勤したらまず最初に挨拶をしてくれる存在ですが。

 

ある日のこと。

「キャアアアァァァー!!」

と、ホールのほうから女性の叫び声が聞こえます。時刻は既に開店した正午前。

この忙しい時間になんやなんやという感じですが、どうやら彼らが出現したようです。

早朝や深夜などはキッチン内でもよく彼らの黒い影を見かけるのですが、営業中、それも堂々とお客さんの前に出現するのは珍しいことです。

こういうことに慣れていないのか、泣きべそをかいてしまった女性従業員もいたようです。彼らが出現してお客さんに睨まれましたどうしましょう、という声もホールスタッフからいただきましたが、もちろん私に訊かれても対処法はわかりません。「出てしまってすみません」と言うぐらいか。

 

多少の混乱はあったものの、彼らは影に身を潜めたらしく、その後はとくに騒ぎも起きませんでした。

翌日の朝。私はいつも通り一番早く店に出勤します。

仕事を始めようとすると、キッチン内のあるコーナーに彼らを捕らえるための罠が仕掛けてあることに気づきました

いわゆるトリモチですね。バラエティ番組などでも見かけることのある、あれです。

残念なことに、2匹、罠にかかっていました。

私という人間の存在を感じ取ったのか、べっとりとトリモチの付着した動けない体勢のまま、ピクピク、ピクピク、と体を震わせ、「チー、チー」という命乞いをするかのようなか細い鳴き声も聞こえました。動けない状態のまま無残にも胃の中にあった液体やなんやらを自分の顔の傍に吐き出してしまっています。

その後の処理の仕方は、もしかすると閲覧注意の札を掲げなければならない可能性もあるので、割愛しておきましょう。

一体何の生き物が捕まっていたのかということに関しては、まあ「チー、チー」と鳴く、すばしっこくて尻尾の長い生き物、という程度の説明で収めておきます。

 

そしてまたある日のこと(「もういいよ」という人は、次の見出しまで飛ばしましょう)。

中国人の男の子がキッチン内で掃除を行っていました。

「うわああぁ!」

という男の子の叫びで、私は何かがあったことを知ります。

男の子は寸胴などを温めるバーナーの下、引き出しのようになっている水受け皿を引き出していました。

その中に、また2匹。しかも、体長3センチほどのピンク色をした赤ちゃんです。どうやら既に死亡しているようでした。

「びっくりしたあ」と中国人の男の子は言います。

その後の処理の仕方は…………。

 

このようなことも、飲食店では起こり得ます。

飲食店で働けば、かなり度胸が鍛えられると思いますね(物足りないフォローではありますが)。

 

飲食店に怪我はつきもの

今回も、若干読者を選ぶ内容になるかもしれません。

少し前に、飲食店のあるニュースが話題となりました。あまり詳しくは書けないのですが、「ラーメンに〇〇が!」という感じのものです。これだけでピンとくる人もいるかもしれません。

飲食店で食材を切る場合、包丁というものを使います。手刀でシャキンと切るわけではありません。ジャンケンのチョキでも切れません。包丁を使います。「そんなことわかってるわ!」という声が飛んできそうですが、まあまあ。

毎日包丁を使っていると、たまに、自分の指を切ってしまうことがあります。長年飲食店で働いていて、一度も包丁で指を切ったことがない人というのは、ほぼ存在しないのではないでしょうか。指を切る作業というのは、誰しもが通る道のようなものです。

「痛い!」というよりも、「まったくなにやってんだよ俺」という気持ちになります。周りの人間に知られるとちょっと恥ずかしい気持ちというか。出血した箇所はもちろん入念に処置をして、作業をしても血液が絶対触れないような状態にします。

 

店舗によっては、使用する刃物は包丁だけではありません。

私がラーメン屋で働いていた時は、チャーシューを切る専用のスライサーとネギ専用のスライサーがありました。

その日はまだ私が18歳の時でしたね。私はスライサーでネギを切る作業をしています。

電動のスライサーで、電源を入れると中の刃が回転します。その刃に向かってネギを押し込んでいくというものです。

察しの良い方は、既にこの後の結末が見えていると思います。

「あっ!」

と思ったら事既に遅し。私の右手中指の爪が半分ほど消えて無くなっていました。

ブラックホールにでも吸い込まれたのでしょうか?

すぐ病院に行き、全治1ヶ月ほどの診断を受けます。

そこにいた病院の看護婦さんが、とても美人でしたね(「関係ないやろ!」と? まあまあ)。

刃物を使用している以上、こういうことは起こり得ます。気をつけましょう。

 

飲食店での間違い

これはおまけみたいなものなのですが。

私が回転寿司屋で働いていた時の話です。

寿司屋では、シャリ(ご飯)にわさびを塗ります。わさびを塗った後に、ネタ(具材)をのせます。それをお皿に盛り、レーンに流すといった作業です。

その店では海老アボカドというメニューがありました。シャリにのせた海老にアボカドのソースを塗り、たまねぎとマヨネーズをかけ、完成という感じです。

そのアボカドのソース、わさびと色がすごく似ているんですよね。

 

ある日のこと。

私は海老にアボカドのソースを塗り、海老アボカドを提供しました。

少し経って、お客さんからクレームがあったようです。

店長がキッチンに入ってきて怒っていました。

そのクレームは、海老アボカドがすごく辛いというもの。どうやらアボカドのソースと間違えてわさびが塗られていたようです。

なんてこったい!

「誰だ」店長は犯人を捜しています。

おや、私が手に持っているものは……。

なんてこったい!

 

休む人がいれば、働く人がいる:管理が適当な店の労働状況

その日私は午前5時台に起床しました。いつもより少し早い起床です。

たまたま早く起きてしまったわけではなく、計画的な起床です。

日づけは1月2日。手早く支度を済ませ、まだ日の昇らぬ正月の街へ繰り出します。

とても静かな朝の街ですが、正月のこんな時間でも電車にはたくさんの人が乗っています。世界は広いですね。

 

地下鉄を乗り継ぎ、やっとうっすら日が差し始めたころに、目的地に到着。先ほどの話にもあった中央区のとある中華料理屋です。

この店は、1年のうちに12月31日と1月1日の2日間のみ店を閉めます。私が以前働いていた職場はいずれも年中無休であったので、ちょっとだけ得した気分です。

午前6時台に店に到着。おそらくこの店の従業員で新記録となる出勤の早さです。

ちなみに私の本来のシフトは10時からとなっているのですが、それよりも3時間も早い自主的な出勤です。給料はもちろん出ません。

自分で言うのもなんですが(それでも言うのですが)、アルバイトの鑑のような人間ですね。

 

2日間店を閉めていたので、食材の残りもほとんどありません。

早く仕込みをすると食材が劣化してしまいますから。

まずこの日に届いているとんでもなく大量の荷物を一人で片づけ、それからやっとゼロからの仕込みを開始します。

毎年店で従業員の忘年会が行われていて、その洗い物がドーンと洗い場に残ったままですが、これも例年通りです。

それも私は片づけます。ちなみに私は忘年会には参加していません。

あとで呑気に出勤してきた人間に、「誰が片づけてると思ってる?」と言うこともないできた人間です。

こういったあれやこれやを行うため、また1年で最も忙しいといっても過言ではないこの1月2日を乗り切るために、私は朝5時台に起きて支度を始めたわけです。

私は現実主義者であるので、きっとどうにかなるとか誰かがやってくれるだろうとか甘い期待は持ちません。物理的に考えてこの出勤時刻が必要だったのです。

 

こういう大事な日にも、遅刻をする人はいます。

シフトより3時間も早く来ている人間がいるのに、時刻通りにすら来れない人間もいるのです。もちろんこんなことは日常茶飯事であるので、私は苛々して無駄にエネルギーを消費するようなことはしません。

自分の終業時刻となっても、私は帰れません。

先に書いたように、飲食店の社員はだらしない。本来なら責任者がちゃんと指示を出して時間になったら「あがってください」と声をかけたり後の人間に引き継ぎをするものなのですが、ここの社員は一切そういうことをしない(前の職場ではちゃんとしていましたよ)。

なので私は自分の仕事を終わらせて自主的にあがるしかないのです(そのために3時間も早く出勤しました)。

この前の年の1月2日は私は一切休憩もなく本来の終業時刻から5時間以上も延長して働いていました。普通に考えたらあり得ません。そういうことがまかり通っている酷い職場でした。もちろんのちに私はこんな職場には愛想を尽かしておさらばすることになります。

私の例は少し特別なものかもしれません。私は毎日必ずシフト上の時刻より1時間以上早く出勤して仕事を始めている人間でしたから。

ただ、飲食店に勤めていると大なり小なりこういったことが起こり得ます。劣悪な環境で働いてあなたの人生の貴重な時間を無駄にする必要はありません。

しっかりと管理が行き届いた社会性のある職場で働きましょう。

 

飲食店で働いて分かった悪い点・良い点

一般的に飲食店に就職することは、長い労働時間などの面から大変だと考えている人が多いようです。

実際私も長くいろいろな職場で働いてたくさんの人を見てきましたが、ほとんどの社員さんはとても苦労しているようでした。人手不足であるということもその一因です。

ただやはり、新規の人が入ってきても長続きせずすぐに去っていってしまうような店舗は、店舗側にも問題があったように思えます。

アルバイトでも主婦や学生の他、フリーターなど他の仕事と掛け持ちをしている人もいましたし、将来の独立を目指して働いている人もいました。

確かにただ毎日淡々と働き続けているだけでは、大きな実りのない仕事かもしれません。

自分の目標を持って働いている人は、やっぱり持っている空気感が少し違いました。就職を考えるなら将来的な道を見据えて行うべきだと思います。

 

少し飲食店のネガティブな面を多く書いてきたような気がしますが、もちろん飲食店で働いて良かったこともありますよ。

 

例えば……。えーと……。そうそう、えーとね。うん、いっぱりありましたよ良かったことも。

 

出会い、ですかね。人との出会い。

先に書いたように、飲食店にはいろんな境遇の人が集まってきます。

夜はホストをしている人だったり、俳優を目指している人だったり。小説家を目指している人も一人いました(実はこれが私なのですが)。

最近では外国人の従業員もとても増えています。そういう人たちから自分の知らなかった世界の話を聞くのは楽しいものです。

たくさんの人と交われる仕事だと思います。従業員だけでなくお客さんとも接し、毎日たくさんの人の顔を見ることができます。

 

体を動かすことが好きな人は向いているかもしれませんね。

私は学生時代、狭い教室の中にパンパンに詰められて黙って教科書とノートを開いて先生の話を聞いている学校の授業に、強いストレスを感じていました。

私は高校卒業後すぐに飲食店で働き始め、もちろん初めは大変でしたが、慣れてくると学校の授業よりよっぽど快適な時間を過ごしている気になりました。

静かにじっとしてなきゃいけないというのはストレスになりますから。

開放的に、体を動かして仕事ができるというのは好きな人にとって利点になります。

 

「将来自分の店を持つことがこの仕事のゴール」

と、私と一緒に働いていたある人が言っていました。

もちろん価値観は人それぞれなので、一概に誰もが思い浮かべている目標ではありません。

サラリーマンのように毎日働いて定年まで勤め上げるという考え方の人もいます。でもやっぱり、自分の店を持つことができるというのは、夢のある特別なことだと思います。

 

ただ私が一つ書いておきたいのは、未来の遠い目標のために、今歯を喰いしばって、今を犠牲にして、苦しみながらも遠くに見える微かな光をたよりに進んでいく、ということはしてほしくない、ということです。

目標を持つことはもちろんとても大事です。苦しくて大変な時期もきっとあるでしょう。ただそこで、自分を押し殺して、自分でも他人からも悲痛と思われるような苦行をしてまで昇り詰める価値があるのか、ということです。

 

今を楽しめない人間が未来を楽しめるのか?

それは私にはわかりません。

何かを犠牲にしてまで手に入れるそれは、本当に自分が欲しかったものなのでしょうか?

 

これはもう完全に私個人の意見ですが、やっぱり無理をせずマイペースで穏やかに進んでいくというのが、人の道だと思います。

周りの景色を楽しみながら、自分らしい足並みで、目的地に向かって歩いていく。

道の途中にベンチがあったら、休みましょう。

お茶を淹れてもらい、お団子でも食べましょう(想像しているビジョンが、ちょっと古いか?)。

そして元気が出たら、また歩き出せばいい。

 

乗り物に乗ったらもちろん速いですよ。

でも事故に遭ったら、被害が大きい。自分で歩かないと足腰も弱ってしまう。自分の足で地道に歩いていくことが大事です。

その積み重ねが、自分を夢に近づけてくれる。

 

自分だけの獣道を開拓していくのもいいですが、先人たちが切り開いてくれたレールは、決して無駄になりません。

学べることはたくさんあります。自分に目標がなければ、それはできません。

自分が目標を見据えて進んでいるから、先人たちの足跡が浮かび上がり、尊い知恵を発見することができるのです。

 

最後に

最後はずいぶんと抽象的で精神的な話になってしまいましたが、こんなところでしょうか。

近頃は時代や価値観の違いで上司と部下の関係が上手くいっていないというような話をよく耳にします。

でもやっぱり、世間は若い力を求めています。

若者たちが新しい風を吹き込んでくれることを期待しています。

そして何より、皆さんと一緒に仕事をすることが楽しみなのです。

ぜひ私たちの世界に足を踏み入れてください。

皆さんの活躍を待っています!

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