医学部志望の方は、大学病院にどのような印象を持っているでしょうか。医学部に合格して医師になったら、大学病院に勤務しようと思っている方もいるでしょう。高度な医療を提供しているということは間違いありませんが、さまざまな問題を抱えている病院が多いです。
ここでは、私が感じた大学病院が抱えている問題や日本医療の課題をご紹介します。医学部志望の方は、ぜひ参考にして将来のことを考えていただければと思います。
この記事では問題だけをご紹介しますが、大学病院には他の病院にはないメリットも数多くあります。また、ご紹介することは私が勤務していた大学病院で感じたことであって、全ての大学病院に必ずしも当てはまるものではありません。
大学病院が抱える問題
大学病院にはさまざまな問題がありますが、ここでは私の経験談も交えながら、私が感じた大学病院の問題を3つご紹介します。
各診療科は閉鎖的で風通しが悪い
大学病院の組織や問題点を通して、各診療科が閉鎖的で風通しが悪い理由をご紹介します。
多くの会社は、会長・社長を頂点としたピラミッド型組織になっています。ピラミッド型組織は、役割が明確であることや責任の所在がはっきりしているなどのメリットがありますが、スピーディーな対応ができないなどのデメリットもあります。
現在は、中間管理職を置かずに、一人ひとりが役割を理解して自律的に働けるフラット型の組織を採用している企業もあります。
大学病院の各診療科は、教授を頂点としたピラミッド型組織なのですが、大学病院全体としてはフラット型組織に近い側面もあります。
各診療科は、教授・准教授・講師・助教・医局員・研修医で成り立っています。ここで問題なのが、教授が人事権をはじめあらゆる決定権を持ってしまっていることです。
診療科内のあらゆる権力を持っている教授は、臨床や研究で部下が起こした問題に対しては責任を取る必要があるはずです。しかし、私が医学部に合格してからの約20年間で、懲戒解雇になった助教などは何人かいましたが、教授はひとりもいません。
教授が、診療科内で起こった全ての問題の責任を取る必要はないとは思いますが、助教授が起こした問題であっても、教授の許可があって起こった問題に関しては責任を取るべきではないでしょうか。
全ての権力をもってるのに、部下に責任を取らせて本人は十分な責任を取らないというのはおかしいです。
各診療科内には、会社組織に似たようなものが存在していますが、教授は企業の社長以上の存在ともいえます。
大学病院長や医学部長などがいますが、彼らは教授の上司というわけではないのです。そのため教授を指導することができず、あくまでも各診療科の意見を調整する程度の役目しかありません。各診療科は上下がなく、独立した存在ということです。
各診療科内のあらゆることは教授に決定権があり、他の教授はおかしなことをしている教授がいると分かったとしても基本的には干渉しません。
病院長も医学部長もどこかの診療科の教授を兼ねているため、病院長や医学部長が教授の上司だったらそれはそれでおかしなことかもしれませんが、教授を指導できる人がいないことでさまざまな問題が生じています。
多くの医局員は、社会人経験がなく他の組織を知らないことや、出世をしたいために教授の決定に異を唱えることはほぼありません。理不尽だと感じても我慢するか、退職を選択するしかないということです。教授の決定に意見を言う人も中にはいましたが、その場合は他の人の意見に聞く耳を持っている教授だからです。私の先輩医師の中には、我慢の限界で教授に最初で最後の意見を言って、退職していった医師もいます。
このように、各診療科は風通しが悪く閉鎖的な組織になっていて、大学病院は独立した診療科の集合体ともいえるまとまりがない組織となっているのです。
コミュニケーション能力が低い医師が多すぎる
医師は、知識や技術を身につけることは大切ですが、同じぐらい患者とのコミュニケーション能力を身につけるのは大切なことです。
大学病院に勤務している医師に限ったことではないと思いますが、研究にも力を入れている大学病院に勤務している医師は、特にコミュニケーション能力が低い医師が多いと感じています。
私が見た患者とのトラブルの原因として最も多いのが、医師のコミュニケーション能力不足からくるものでした。
学生時代に患者とのコミュニケーションの取り方は学びますが、適切なトレーニングとは言えないため基本的なコミュニケーション能力は高まりません。
卒後5~6年の頃、私の同期の医師が担当患者とトラブルを起こしたことがありました。若い医師だったために、患者からの信頼を得られにくいということもあったかと思いますが、患者とのコミュニケーション不足が主な原因です。
この件は、年配の准教授が患者と話し合い収めましたが、准教授の対応も問題があるように感じました。准教授はやや高圧的な態度で話し合いに臨んでいましたが、大学病院に勤務している年配の医師であるという背景から、患者が納得しやすい状況であったこともあり収まった感じでした。
このように適切とはいえない対応でも大学病院の医師ということで、収まってしまうことが多いことも、患者とのコミュニケーションを見直す機会を逃しているといえるでしょう。また、コミュニケーション不足が原因で起きたトラブルだとしても、患者との相性が悪かったという言葉で済まされてしまうことが多いです。
大学教授になるには、臨床よりも論文の質と数が重要視されることが多く、臨床経験が少ない人が教授になることもあります。患者に対するコミュニケーションだけではなく、医局員に対するコミュニケーションもままならず、コミュニケーション障害かと思うような人も教授の中にはいました。
そのような教授が、若い医師に適切なコミュニケーションのトレーニングなどできるわけがありません。
若い医師が自分のコミュニケーション能力の不足に気が付き、改善しなければいけないとわかっても、どのように改善すればよいのかわからないのです。たとえ改善方法がわかったとしても、若い医局員は雑務が多いため時間が取れずに、コミュニケーション能力の改善は後回しにされてしまう可能性が高いでしょう。
中には最初から上手に患者とコミュニケーションをとっている医師もいますが、ごく少数です。コミュニケーション能力は、個人の性格が影響しますし、長い時間をかけて身に付くものでしょう。そのため、トレーニングをしたからといってすぐに改善するものではないのかもしれません。しかし、何もしないのでは改善は見込めないため、学部生教育の段階から、もっと患者とのコミュニケーション能力を高めるトレーニングを取り入れる必要があります。
さまざまな患者と適切なコミュニケーションをとれることは、医師として最も大切な能力のひとつです。医学部志望の方は、若いうちから同年代ではなく幅広い年齢層の人と話をする機会を持てば、医師になったときに役立つでしょう。
大学病院の労働環境は悪く改善は難しい
世の中は、働き方改革関連法案の一部が施行されてから、長時間労働の是正や柔軟な働き方ができる環境づくりが少しずつ進められています。しかし、大学病院の勤務医に働き方改革は浸透しにくいいかもしれません。なぜそう思うのかを、私の経験からご紹介いたします。
市中病院に勤務している医師の給料は少し高いですが、大学病院の勤務医の給料は安いです。医師になって研修が終わっても、私が商社に勤務していた最後の年より少ない給料しかもらえません。
サラリーマンで同年代の大学病院勤務医より給料をもらっている人は、たくさんいるでしょう。計算はしていませんが、深夜コンビニエンスストアでバイトした方が時間給ベースでは高いかもしれません。
安い給料のために、多くの医師は休日などにバイトをしています。その結果、月に2~3日しか休日がない医師が出てきてしまうのです。大学病院の勤務医の給料が上がらないと、働き方改革の浸透は難しいでしょう。
お金のために医師になろうと思っている人は考え直した方が良いかもしれません。多少は安定した職業かもしれませんが、医師に比べると肉体的にも精神的にも楽な職業で、医師よりも給料がよい職業は他にたくさんあります。
大学病院に勤務している医師は、入力作業や事務的な連絡などの雑務をこなさなければならず時間に追われているために、長時間労働をせざるを得ない環境にあることが多いです。雑務をこなすことに時間を取られるため、患者としっかり向き合う余裕がなくなっています。
多くの医師は、医師になる前は一人ひとりの患者に向き合った治療をしたい、と思っていますが、日々の忙しさから徐々にそのような気持ちは、薄れていってしまう傾向があります。
若い医師にとっては、先輩医師から頼まれる雑務もあります。研修を終え大学病院に帰ってきた若い医師にとって大学病院は、学生時代から研修をしているために慣れています。そのため、主体的に行動するのではなく、学生時代の延長感覚で先輩医師に頼まれた雑務をこなしていくことに違和感を持ちにくい環境なのかもしれません。また、学生時代にお世話になった医師から頼まれた雑務は断りにくい、ということもあるでしょう。
もちろん、雑務を若い医師に頼まない大学病院もありますし、雑務を若い医師に頼む市中病院もあります。病院や診療科によって異なっているので、そこは誤解しないでください。
医師や医療ソーシャルワーカーの数を増やし、少しでも医師の負担を減らさない限り、働き方改革が浸透する可能性は低いでしょう。
大学病院に限ったことではないのかもしれませんが、医師は長時間労働に対しての耐性がある人が普通の人に比べると多いと感じます。当直から連続32時間労働などは別ですが、毎日12時間労働程度なら苦痛に感じている人が少ないのかもしれません。
誰も8時間労働、週休2日などで働いていません。私の周りの多くの医師は、7時過ぎには病院に来て、夜10時過ぎまでいました。周りがこのような人ばかりのため、ひとりだけ8時に来て5時に帰るということはできませんでした。
社会人経験がないため、この労働環境に疑問を感じている人が少ないのかもしれませんし、医師とはそのような職業だと思っている人もいるのかもしれません。
休める環境が整ったとしても、8時間労働、週休2日で働く医師はあまりいないでしょう。
医師という仕事にやりがいを感じて、プライベートな生活は二の次でよい、という人は現在の環境でも満足しているのかもしれませんが、プライベートも楽しみたい人にとっては、医師は難しい職業なのかもしれません。
日本の医療が抱える課題
ここからは、日本の医療が抱える課題と臨床現場にどのように影響を及ぼしているかなどをご紹介します。
日本の医療保険は問題が多く改革が必要
日本は国民皆保険制度で、全国民が低負担で一定水準以上の医療を受けられます。国民皆保険制度が成立した当時は、経済成長期で雇用が安定していたため、保険料収入も安定していました。しかし、現在は人口減少期に入り市場が縮小し、雇用も不安定になり保険料収入が減少しているにもかかわらず、医療費は上昇し続けています。
そのためさまざまな問題が起こっており、現在の日本の医療保険を将来も維持していくことは、難しいでしょう。ここでは医療保険の問題をご紹介します。
日本は、超高齢化社会のため、人口は年々減少しているにもかかわらず、国民医療費は年々上昇しています。医療費が上昇し続けている理由は、医療行為を受ける機会が多い高齢者の増加と、医療技術の高度化による単価の値上がりです。
人口の約30%を占める65歳以上の方の医療費は、全体の約60%を占めています。人口の約15%を占める75歳以上の方の医療費は、約35%を占めています。今後、20~30年は高齢者数が上昇していくと考えられるため、医療費は増えていくでしょう。
現在の医療費は、保険料と税金、自己負担で賄われています。経済が成長し国民の所得が増えていれば、国民の負担が増えてもそれほど問題にはならないかもしれません。しかし、現在の日本経済はそのような状況ではありませんし、将来も所得の増加はそれほど期待できないでしょう。
抜本的な医療保険改革をしなければいけない時が、近い将来にやってくるでしょう。
低医療費政策は現場の医師の労働環境の悪化の原因となっている
政府は、低医療費政策をとっていますが、これは現場で働く医師の労働環境に影響を及ぼしています。
現在の労働環境の改善には、医療従事者の人数を増やさなければいけません。そのためには、お金が必要になります。しかし、現在の医療保険制度では、医療従事者を増やすことは難しいのです。
その結果、医師の労働時間は長くなり、疲れ果てて勤務医をやめて開業する医師が増えています。開業には経営のリスクはありますが、休日も取れて当直もなく規則正しい生活が送れるようになります。
勤務医の長時間労働がもたらすのは、医師の健康問題だけではありません。疲労のために医療ミスが起こりやすい状態で患者を診ているために、患者にとっても問題となり得るのです。
多くの職業では、夜勤の翌日は休日でしょう。しかし、医師は夜勤のあとも連続して日勤し30時間連続労働などが日常的にみられます。本来なら、違う医師を雇用して夜勤と日勤が続かないようにした方がよいのですが、医師を雇う経済的余裕がないため、連続勤務をしなければいけないのです。
現在の医療水準を維持するためにベッド数を減らして医師の負担を軽くするか、医療保険制度を改革して医師の数を増やすかしないと、労働環境に耐えられなくなって辞めてしまう勤務医の数がますます増えてくるでしょう。
医師数を増やしても人手不足は解決しない
現在、医師不足が話題となっていますが、医師の数は毎年増えています。しかし、医師の数を増やしても、医師不足の問題は解決しないでしょう。医師が地域、診療科によって偏在しているからです。
医師は、自分が進む診療科を選択することができます。中には、医師になる前から選択する診療科を決めている方もいますが、多くの医師は、医師になってから決めます。各診療科の内容や労働環境、給料、開業のしやすさなどさまざまなことを考えて選択しているのです。
現在は、産婦人科や小児科は医師不足といわれていますが、子供の数が年々減少しているために、15~20年後には必要医師数を満たしていると考えられています。
現在も将来も最も医師不足の診療科は、内科です。内科は現在、最も多くの医師が選択している診療科ですが、内科はカバーする範囲が広いために、必要な内科医数も多いのです。また、人口減少期に入った日本では、それに伴い必要医師数が減少していく診療科が多いですが、慢性疾患を患いやすい高齢者が増えるために、必要内科医数は今後数十年間は増えると考えられています。
このように、診療科によって医師の偏在がみられるため、医師数を増やしただけでは医師不足の診療科が出てきてしまうのです。
人口に対して医師数の割合が高い県は、人口に対して医学部の数が多い県とほぼ一致しています。東京都は人口が多いですが、医学部も多いため、人口に対しての医師数の割合は全国平均よりも高いです。東京から近い千葉や埼玉、神奈川などは人口が多い県ですが、医学部が少ないため、全国平均よりも医師数が少ない県となっています。
また、同じ県でも地域によって病院数や医師数に差があります。人口に対して医師数が多い石川県では、金沢などの都市部に医師は多いですが、郡部などのへき地では深刻な医師不足が起こっています。
私は、アルバイトで都市部から少し離れた病院に何度かアルバイトに行きましたが、医師数に対して待合室に多くの患者がいつもいました。へき地は高齢者率が高いために、都市部に比べると人口に対する必要な医師数は多いです。しかし、医師は少ないため、ひとりの医師の負担が重くなっています。
医師は、働く病院を選ぶことができます。結婚や子供のこと、労働環境を考えると、へき地の病院勤務を希望する医師は少ないです。
現在、医師は足りていませんが、医師を増やして総医師数としては足りたとしても、医師の地域偏在問題を解決しなければ、医師不足は解決しないでしょう。
一定数の医師を、強制的にへき地の病院に勤務させるというのは問題があるので、へき地の病院に勤務するメリットを作って、希望者が増えるようにするのが良いように思います。給料をあげるのがわかりやすいのかもしれませんが、医療保険制度の維持ですら厳しい現状では、それも難しいのかもしれません。
高齢化社会に適した総合医の育成が大切
日本は、今後ますます高齢化率が上昇し、現在医学部を目指している方が一人前の医師になる2040年頃には全人口の約35%が65歳以上になっていると予測されています。医学部志望の方は、今からでも高齢化社会で求められている医師像を理解しておくと、将来役立つでしょう。
なんでも診れる総合医のニーズが高まる
高齢者は若者に比べると、複数の慢性的な疾患をもっていて、定期的に通院している人が多いです。そのため、高齢者、特に75歳以上の方には、癌などの急性期疾患を診る医師よりも、慢性疾患を診れる医師のニーズが高いでしょう。
誤解して欲しくないのは、専門医より総合医の方が必要ということでは決してないということです。特定の分野に特化した専門医には、総合医とは違う大切な役割があります。ただ、高齢者の多い社会には、総合医の果たす役割も大きいというだけです。
総合医には知識だけではなくヒューマンスキルが必要とされている
慢性疾患は、治療が難しいです。慢性疾患の治療には、日常生活における患者の意識や心掛けが大きく影響します。そのため、薬を処方して終わり、ということではなく、患者のモチベーションを高めるためのコミュニケーションが大切になります。
また、高齢者の中には認知症を発症している方や寝たきりの方もいるでしょう。そのような患者を診るときには、患者の家族ともコミュニケーションをとり、信頼関係を築かなくてはいけません。総合医は、さまざまな分野の知識の習得と同時に、対人間関係能力を高める必要があります。
どのような医師になりたいかが最も重要!
医学部志望の方は、今から将来進む診療科を決める必要はありません。今は、自分が成りたい医師像を決めるだけで十分でしょう。
大学病院にも日本の医療にも問題はありますが、あなたに強い意思があるのならあまり関係ないことかもしれません。そのような方なら、問題があっても理想とする医師像に近づくために努力できるでしょう。
ひとりでも多くの方が、医学部に合格してそれぞれが考える医師像に近づけるように願っています。
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