警察にも民間企業のように研修の期間があるということをご存知の方は少ないのかもしれませんが、一見滅茶苦茶なようにも思える警察組織ですが、研修体制は民間企業よりも整っています。
そこで今回は、元警察官の私が経験した警察官の各種研修についてお話ししていきます。
警察官最初の壁!地獄のような警察学校
警察官採用試験に合格した人間は、全員が警察学校に入ります。
警察学校にいる期間は大卒が6か月、高卒が10カ月で、私は大卒だったので6か月間過ごしました。
警察学校を一言で表すなら「地獄」でした。
また、次のパートから、将来警察官になりたいという学生の質問に答える形式から話を進めていきます。
脱落者続出?警察学校の地獄の入校式
警察学校の入校式は、警察学校に入った日ではなく、その2週間後に行われます。
入校式までの2週間は、毎日朝から夕方まで入校式の練習をし、時には夜に練習することもありました。
式中の警察学校生の動きは、すべて決まっていました。
さらに、歩く時の腕振りの角度や敬礼の角度、起立の仕方などまで、細かく決められていたのです。
これらの動きを少しでも間違えたり、できなかったりすると、教官から罵声を浴びせかけられました。
私は最初、これらの動作がうまくできなくて、よく教官から怒られていたものです。
さらに、着席時は、背もたれに背中をつけてはいけないというルールもありました。
私はこのルールを破り、背もたれに背中を着けて座っていて、後ろから教官にイスごと思い切り蹴とばされたことがあります。
時には、同期全員が教官から「たるんでる」と怒鳴られ、教官の号令に合わせて延々と「起立」と「着席」を繰り返す無限スクワットをやらされることもありました。
私の同期の男は、この無限スクワットの後、「辛い」と言って泣いてしまいました。
入校式の練習はとても辛く、この2週間の間に同期の約2割が辞めていってしまったくらいです。
ただし、入校式の本番は、警察学校生の家族が見に来ていることもあってか、終始和やかなムードで行われました。
24時間勤務の辛さを知った制服研修
警察学校に入って3か月ほど経ってから、「制服研修」がありました。
制服研修は実際に警察署に行き、2回の当直勤務と1回の日勤を経験するものでした。
当直勤務とは24時間勤務のことで、日勤とは朝から夕方までの勤務のことです。
勤務をすると言っても、実際には先輩と一緒に現場に行ったりするだけで、特に何かをすることもありませんでした。
余韻ゼロ?慌ただしかった卒業式
警察学校も終わりに近づいてきた頃、学校では卒業式の練習が始まりました。
卒業式の練習も入校式同様、教官たちの罵声が飛び交う厳しいものでした。
卒業式が終わったら、感動して泣くかもしれないと思っていましたが、実際にはそんな暇はありませんでした。
卒業式終了後、私たちは余韻に浸る間もなく、それぞれ配属された警察署の迎えの車に乗せられたのです。
そのまま、6か月間一緒に生活した同期たちの顔を見ることもなく、警察署に向かったのでした。
警察学校卒業後!警察署で職場実習
警察学校を卒業した卒業生たちは、各々配属された警察署で勤務を始めます。
とは言え、いきなり一人前の警察官としてバリバリ働くわけではなく、まずは「職場実習」という形で、実際の勤務を体験することになりました。
ここでは、職場実習についてお話ししていきます。
警察署の地域課で地域実習
地域実習では「指導部長」という、自分を指導してくれる部長に付いて、仕事を覚えていました。
部長というのは、警察の階級の「巡査部長」のことです。
警察には以下のような階級があり、巡査部長は「巡査」だった私の一つ上の階級でした。
警察の階級 | |
警視総監 | |
警視監 | |
警視長 | |
警視正 | |
警視 | 警察署の署長 |
警部 | 地域課の課長 |
警部補 | 地域課の係長 |
巡査部長 | 指導部長 |
巡査 | 私 |
実習中は24時間、常に部長と一緒でした。
私の指導部長は50代の男性警察官で、寡黙な方だったので話が弾まず、少し気まずかったです。
地域実習では部長のあとを付いて回るだけで、実際に仕事をすることはほとんどありませんでしたが、たまに簡単な書類の書き方を教えてもらえました。
指導部長が若くて活動的な方だと、それについていく実習生も大変なのですが、有り難いことに私の指導部長はあまり活動的ではなく、交番でじっとしていることが多かったので、私もこの時はゆっくりできました。
警察署の刑事課で刑事実習
2か月の地域実習が終わると、今度は刑事課で1か月の刑事実習に入りました。
刑事課には以下の係があり、私が実習をしたのは「薬物・銃器対策係」という係でした。
刑事課の係一覧 | |
係 | 対応事件 |
強行犯係 | 殺人、強盗など |
知能犯係 | 詐欺事件 |
盗犯係 | 窃盗事件 |
薬物・銃器対策係 | 薬物事件、拳銃事件 |
暴力犯係 | 暴力団事件 |
薬物・銃器対策係は麻薬や覚せい剤などの薬や、拳銃の所持者などを取り締まる係です。
犯人の取調べのような難しい仕事はもちろんやっていませんが、容疑者の部屋に薬がないか調べる「ガサ入れ」や「張り込み」には参加していました。
このうち、張り込みは地味に辛かったことを覚えています。
なぜなら、私が刑事実習をしていたのは真冬だったからです。
しかし、残念ながら、私が張り込んでいる間に容疑者が家に戻ってくることはありませんでした。
再び警察学校に入校?初任補習科
合計3カ月間の職場実習を終えた実習生たちは、なんと再び警察学校に入校しなければなりません。
今度入るのは「初任補習科」という警察学校の分校で、期間は大卒が2か月、高卒が3か月です。
ちなみに、分校ですから、本校である警察学校とは別の場所にありました。
初任補習科は天国のような警察学校
初任補習科は同じ警察学校でも、最初に入った警察学校のような厳しい規律はほとんどありませんでした。
例えば、警察学校で敷地内を歩く時は、姿勢を正して、腕をまっすぐ伸ばし、腕を振る角度を45度にして歩かなければなりませんでした。
しかし、初任補習科では、敷地内を普通に歩いてよかったのです。
また、警察学校では訓練などで少しでもミスをすると教官から罵声が飛んできましたが、初任補習科では教官は笑って許してくれました。
さらに、警察学校では休日以外没収されていたスマホや携帯電話が、室内で自由に使ってよかったのです。
警察学校では自分の時間がまったくない状態でしたが、初任補習科ではスマホを自由にいじれるくらいの時間の余裕がありました。
初任補習科は、まさに天国だったのです。
初任補修科では書類の検定がある
初任補修科は天国のようなところだったとはいえ、勉強の時間はしっかりありました。
初任補習科では、実際に仕事で書くことになる書類の書き方など、より実務的なことを学んだのです。
また初任補修科では、最期に「書類検定」もあります。
事件を模したビデオを見て、それぞれの事件に合わせて、「被害届」「実況見分調書」「現行犯逮捕手続書」という3種類の書類を書くのが検定の問題でした。
書類検定の問題と答えは事前に決まっていて、授業では、それをひたすら覚えていました。
答えが決まっているとはいえ、現行犯逮捕手続書は10ページちかくにもおよびます。
一字一句間違ってはいけないというわけではありませんでしたが、覚えるのは大変でした。
書類検定に落ちると、受かるまで検定を受け続けなければならないので、かなり勉強していたことを覚えています。
こうした書類の書き方を徹底的に覚えたおかげで、初任補習科を卒業する頃には、一人で交番についても大丈夫だという自信がつきました。
書類検定の結果は、初任補修科の卒業後に来て、無事合格できました。
とはいえ、書類検定に落ちる人はほとんどいないようです。
初任補修科では鑑識の検定もある
初任補修科では、鑑識の検定もやりました。
鑑識検定の試験科目には、「指紋採取」と「足跡鑑定」がありました。
指紋採取ではまず2人一組になり、相手の指に墨を塗って、相手の手を取り、指を一本ずつ紙に押し付けていくものでした。
うまく押し付けられると、紙に相手の指紋がくっきり写ります。
逆に失敗すると、紙は指の形に真っ黒になるだけで、指紋は写らなくなるのです。
一番面白かったのが、足跡鑑定です。
足跡鑑定は、柔らかい地面に靴を押し付け、できた足跡を採取するというものでした。
具体的なやり方は、足跡に石膏を流し込み、固まるのを待ってから外すというものです。
足跡鑑定がうまくいくかどうかは、石膏を外すタイミングにかかっていました。
まだ固まっていないうちに外すと、石膏はあっさり崩れ去ってしまいます。
逆に固まりすぎてしまうと、足跡が石膏に残らなくなってしまうのです。
足跡鑑定は楽しかったですが、警察学校時代、教場(クラス)一不器用だったぼくは大苦戦しました。
検定の時も、石膏が真っ二つに割れてしまったのですが、両手でしっかり押さえた状態で教官に見せたところ、ばれずに合格できたのです。
この鑑識検定も書類検定同様、落ちると受かるまで受け続けなければならなかったので、本当にばれなくて良かったです。
初任補修科の卒業式は多少余韻があった
警察学校の時とは違い、初任補修科では卒業後、少し雑談するくらいの時間がありました。
そのためか、警察学校の時よりは感動して、少しウルッときてしまいました。
しかし数分もしたら、全員それぞれ自分の所属している警察署に戻らなければなりませんでした。
同じ教場のメンバーと全員で顔を合わせる機会は二度とないので、卒業式の日くらいは、休みにしてもらいたかったです。
初任補習科卒業後は、警察署で実戦実習
初任補習科を卒業後は、おのおの職場実習をした警察署に戻り、「実戦実習」という最後の実習期間に入ります。
実戦実習の期間は、大卒が4か月で、高卒が5か月です。
警察官の研修期間は、この実戦実習で最後になります。
実績はつかないが大変だった実戦実習
実戦実習でも職場実習と同じく、基本的には指導部長に付いて仕事をすることになります。
また、まだ実習生扱いなので、犯人の検挙や交通違反者検挙などのノルマも課されません。
そのため実戦実習もまだ気楽な期間のはずだったのですが、私にとってはすごく大変でした。
実戦実習では指導部長に付くはずが、どういうわけか私は一人で交番につくことになったのです。
一人で交番につかされたことは、かえって好都合でした。
初任補修科で学んだことで、一人でも最低限の仕事ができるという自信がついていましたし、一人で動けたほうが気楽だったからです。
しかし一人で行動することになったがために、当時の係長からはずいぶんこき使われてしまいました。
交番にはそれぞれ管轄があり、通報があった場合、そこが管轄の交番勤務員が現場に向かうことになっています。
にも関わらず、私は管轄外の離れた場所の通報にまで対応するよう、係長に指示されていたのです。
一人で色々な通報現場まで行き、一人で処理していたため、一日中駆けずり回ることになり、へとへとになっていました。
こんなことなら、指導部長の下で、二人で行動していたほうがずっと良かったと思いました。
とはいえ、一人で事件や事故を処理することには、学ぶことも多かったので良かった面もあったかと思っています。
まとめ
警察官の研修期間は大卒が15カ月間、高卒が21カ月間と、実に1年以上におよびます。
その間に、「警察学校」、「職場実習」、「初任補習科」。「実戦実習」と様々なステップを経て、一人前になるのです。
最初の警察学校こそ滅茶苦茶な環境と言えますが、それ以後の教育システムは、実にしっかりしています。
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