大企業、大学と渡り歩いた私が選んだ次の職場は、発酵生産を生業としている中小企業です。自社製品の製造に加えて他企業からの受託製造も受けている企業であり、中小企業といっても、発酵生産の受託製造会社としてはトップクラスの生産規模の会社です 。話を進めやすいようにその会社をB社と呼ばせていただきます
有名大学で博士まで取得して大企業、大学教官まで経験しているというのに、転職先が中手企業というのは思い切ったことをしましたね?!収入も下がってしまったのではないですか?
暮らしていく上でお金は必要ですので給料は大切ですが、それ以上に大切なのが仕事のやりがいと期待されているということかと思います。幸いにも給料は転職当時の年収であった500万円を維持してもらえるという話でしたし、どれほど大きな期待を寄せていただいているかということが伺えるエピソードもありましたし、その会社にいる間にいろいろなことを勉強させていただきました

大学を辞める決心をしたのが転職する前年の暮れごろだったと思いますが、当時40歳を迎えようとしている者が転職するということが容易ではないということは感じていました。

とりあえずは、大学を紹介していただいた恩師にあいさつ回りと期待にこたえられなかったことをお詫びし、会社にいたころに気にかけてくださっていた諸先輩に大学を辞めることの報告などをしたりしながら、転職の常道である人材紹介会社に登録して次の職を探そうと思っていました。

そんな時、諸先輩の中の一人から電話があり、「友人が取締役をしている会社で人を探しているが興味がありますか?」という連絡をいただいた会社が転職先となる発酵生産を生業としている中小企業のB社でした。

若い頃は「良い大学を出て、良い会社に入る」というのがオーソドックスな考え方で、私もそのように思っておりました。
確かに収入や安定性を考えると入る会社の規模は大切ですが、「どのような事業展開をしているのか?」、「自分にどんなことを期待しているのか?」というのはもっと大切です。
周りの人に協力してもらいながら会社の利益を上げて中小企業を大企業に格上げさせるつもりで自分の力を発揮できる環境がやりがいにつながるというように考えました

 

取締役が自ら訪問してきた!

先輩から紹介したい会社があるという連絡の電話をいただき興味があることをお伝えしたところ、その翌日に先輩の友人であるという取締役から私と直接会って話がしたいという連絡がありました。
ホームページもありますので、会社の業務、経営陣の構成などの情報は自分でも入手できるわけですし、製品を見ればマーケットを調べればどんな状況であるのかなどの判断材料は簡単に入手することができます。
にもかかわらず、翌日には忙しいはずの取締役が私の住んでいる土地まで訪ねてくることになりました。

いくらほしいと思っている人材であっても、その人を会社に呼んで面談・面接をするというのが一般的です。それは、転職者の中途採用であっても変わるわけではありません。
ところが、B社の取締役は、会社の現状と現在抱えている問題点を解決して会社を立て直すための人材がどれほど必要としているのかということを説明するために時間を割いて遠方に出向いてきたというわけです。

公開しても支障のない範囲で説明すると、説明を受けた当時のB社の状況は以下の通りでした。

  • 会社の利益を支えている自社製品の発酵生産物と複数の受託製造によって売り上げが維持されており、主力となっている自社製品は中国やアメリカの製品の進出によって価格競争が始まっており利益の維持が苦しくなってきている。
  • 受託製造については、技術力をアップさせるための勉強をしているようなもので、利益そのものはあまり期待できない、というよりも、赤字のものもある。
  • 工場における生産中のトラブルへの対応や完成品の品質管理は現場任せになっている。
これには驚きましたが、逆に、どれほど私の入社を望んでおられるのかという期待度の大きさを窺うことができました。
私のことは紹介してくれた先輩から聞いているとは思いましたが、そんな僅かな情報だけで私の能力や人柄も分かっていない私のために時間をかけて訪ねてきてくれたことで如何に私に期待して下さっているのかということが感じられたというわけです
B社の現状というのを見る限り研究とは縁がなさそうですが、どんなことを期待しているのでしょうか?
一見すると、研究が関係しないように見えるかもしれませんが、私が専門とする発酵生産のスケールアップという分野は実際の製造ラインのトラブル回避にも役立つ知識なのです。先ずは、そのことについて説明しましょう

 

B社の製造現場には研究するべき内容がゴロゴロしている!

実際に発酵製品を製造するためには、原料の投入、殺菌、植菌、発酵、精製、品質検査、梱包、倉庫管理(出荷待ち)といった複数の工程が関わっており、それぞれが実際の工場設備の規模で行われています。

大学の研究というのは発酵や精製に関する基礎研究を行っており、発酵を専門とする研究者人は発酵の研究(微生物の挙動や生産条件などの検討)を行い、精製を専門とする研究者は精製技術の研究(効率的な精製条件の検討や新規の精製技術の導入など)を行っています。
研究者は自身の専門分野の関係する工程の前後にどのような工程があることは理解していますが、自身の専門でない工程に関係することを詳細に研究している人はあまりいません。
しかも、大学では実験室で行うことができる規模でしかありませんので、何トンもの規模になる実際の工場で起こることを意識して研究しているわけではありません。そのことは企業の研究室でも同じことが言えると思います。

ところが、先に申し上げたように、実際の工場における製品の製造には原料の投入から梱包・出荷まで複数の工程があり、それぞれの工程が連動しています。
一つの工程のトラブルが前後の工程の予定や条件の変更にも複雑につながってきます。
すなわち、各工程における製造上のトラブルを速やかに回避しその後の工程に影響を与えることなく進行させることが円滑に製品を製造するための重要なポイントになり、そのためには実験室規模のデータから製造規模で起こっていることを予測するスケールアップの考え方や知識が重要になってくるというわけです。

大学教官をしていたころから応用研究は最終的な製品の携帯まで意識するべきであり、製造から出荷に至るまでのすべての工程を考慮して組み立てるような研究こそが工学部において行うべき研究ではないかと思っていました。
海外の経験もある先輩からは、アメリカにはそういった分野もあるが日本では難しいと言われていました。
B社の製造現場には、まさしく、私がやりたいと思っていた研究分野が実際に起こっている現象として存在しているということになり、私の研究者としての血がたぎってきたというのがB社に転職を決めた理由の一つです

 

B社の製造におけるキャパシティを把握して生産ロスを抑える

B社における私の所属する部署は技術部といって、現在製造している製品の予定や工程を管理するだけでなく、新規の受託製造などの案件を実施可能かどうかを判断するなどが主だった仕事になります。
しかも、役職は課長、すなわち、中間管理職と呼ばれる役職であり、経営面にも配慮すべき地位ということになります

B社における実際のモノづくりの仕事の流れは以下のようになっていました。

それぞれの工程を担当している工場の課長が工程の進行具合を見て、次の工程の課長に連絡する、言い換えるならば、現場単位で連携しながら製造を行っており、それを統括しているのが製造部の部長ということになります。
多少のずれを含みながらも上手くいっているときには、これまでに蓄積されている経験の範囲で対処できるわけですが、予想外の出来事が起こると製造と技術の部長が協議して、必要に応じて技術部の課長、担当者へと対処方法の検討を行うように指示が出るというのが製造の流れになっていました。

簡単に言えば、工場で製造にかかわっている一般社員からの情報が技術的な知識のある一般社員まで時間をかけて伝えられるというわけで、対処方法は現場や技術の一般社員の経験則に頼っており、部長の仕事は対処方法を決定するという責任を担うというわけです。

利益が圧迫されるようなトラブルは速やかに対応して生産ロスを最小限に抑えることが最善の策であると考え、実際に製造に関わる一般社員からうまくいっている時もそうでない時も直接情報を得るようにして、部長への報告や方法の決定までの一連のタイムロスをなくすことを考えました。
そのためにした最初のことが製造現場や技術・品質管理の一般社員と仲良くなることでした

B社で働いている社員はほとんどが昔から近隣に居住しているという地域に根付いた企業であり、工場で働いている人の中には高校を卒業してからB社の製造一筋という、いわゆる、「現場のたたき上げ」と呼ばれるような人もたくさんおられました。
そんな家族で構成されているような職場に自分よりも高い役職の人間が入ってくるわけですから、期待してくれる者もいれば面白くないと思っている人もいます。

そんな中に割り込んでい入るために、転職する場合、特に、管理職として転職する場合に最も大切と考えられている既存の従業員と親しくなるということから始めたというわけです。

言うのは簡単ですが、実現するのは簡単ではありませんでした。私の最終学歴が博士であるということも知れ渡っていましたので、「工場の現場で起こっていることを理屈だけで考える人間に分かるわけがない」と思っている現場の人に信頼してもらうのに数か月はかかりました。
最初は胡散臭そうに見られていることがヒシヒシと伝わってきましたが、技術の一般社員とともに工場内で現場の人に教わりながら実際の製造だけでなく掃除まで一緒にするようになり、徐々に「この人は今までの人と違う!」という目で見られるようになりました
全てを把握した一人のスーパーマンが居れば、生産ロスを最小限に抑えられて利益率をアップさせることができるというわけですね
そういうことです。そして、現状を把握するには上司や経営陣から話を聞くだけでなく実際に製造している人から話を聞くことが重要です。このことは、B社だけでなく、研究職だけでなく、転職で中途採用される管理職に対する会社の期待に応えるためには最も重要なことであり、それをどれだけ短期間で実現するのかによって「採用して良かった」という評価につながるのだと思います。
しかしながら、B社の場合、主力製品の価格競争は厳しいものがありましたし、受託製造にしても利益を補填できるようなものではありませんでした

 

利益を補填するためには新製品の導入が必要!

中国は人件費が安いですし、アメリカは原材料費を抑えることができる状況下で、日本で製造している限り、主力製品の価格競争に対抗していくことは困難を究め、経営を維持するためには利益率の高い新製品の導入が必要になってきました

主力製品に歴史のあるB社ではその物質の製造を止めることはプライドが許しませんし、仮にそれを辞めたとしても、現場で働く人の人件費や設備の維持費などが不足してしまうことにつながります。
受託製造にしても、契約があるため利益が出ないからといって簡単に製造を打ち切ることができませんし、それこそ、信用が無くなれば新規の受託製造も来なくなります。

簡単に言えば、主力製品や現在行っている受託製造そのものを止めてしまうことは、リストラや設備の売却をするようなことになりかねないというわけです。

その問題を解決する方法として、現時点で製造されている受託製造品の製造原価を厳密に算出して少しでも利益がでるような価格交渉を契約更新に実施することを提案し実行していくことになりました。

B社の現場に馴染んで現場の人から様々な情報が得られるようになっていましたので、製造原価の算出を厳密にするための情報は十分に入手出来ましたし、算出方法を確立することで新規の受託製造を適正価格で交渉できるというメリットもありました

さらに、それと並行して、B社の製造設備を使用して製造でき、かつ、利益率の高い新製品を導入するための研究チームを編成し、健康食品原料の製造に着手することも提案しました。
当時、発酵生産によって製造できる健康食品原料というのはそれだけでも利益率が良かった出すし、B社の製造規模ならば価格競争になっても十分に戦うことができるという勝算もありました。

新製品を検討するためのチームは技術部の一般社員と工場現場や品質管理の担当者から有志を募りました。

現状の仕事をこなしながら研究を開始するということですので、担当してくれた若い社員にとってはかなりの負担増になっていたのかもしれませんが、「自分の働きで会社の経営が良くなる」ということが意欲向上につながったのではないかと思います。
また、大学の教官をしていたという経験も若い研究者の意欲向上にはプラスになっており、会社で働きながら大学の研究室で教わるようなことが可能になるということもあったのかもしれません。

新規の受託製造は受託製造の営業担当から定期的に話が来ていましたし、そのころには製造の予定表も私が作成するようになっていましたので、設備の稼働状況や人のやりくりも含めてある程度のレベルまでは把握できるようになっておりました。
従って、新規の受託製造についても、相手企業の担当者の話を聞くだけで、託可能かどうかの判断もある程度まではできるようになっていましたし、相手企業の実験室レベルの話を製造スケールで実行可能かどうかまで判断できましたので、無駄な検討を行う必要もなくなっていました
まさしく、スーパーマンですね
最初のころはかなりのハードワークでした、。盆も正月もありませんし、土日も出勤してトラブルがなければ帰るというような日々を過ごしていました。でも、3年、4年が過ぎると、若い人が成長して私のやっているようなことを代わりにできるようになっていましたので、かなり楽にはなりました。ただし、若い人が育った分だけ、上司の部長が退職して責任は大きくなっていました
ところで、新製品の導入や経営の正常化はうまくいったのですか?
おかげさまで、利益率の高い自社製品もうまく稼働出来ましたし、赤字が出ていた受託製造も少しくらいは利益が出るようになりました。
もともと製造販売していた主力製品も量的には減ってしまいましたが、そこで出てくるマイナス分は新たに発生したプラス分で補えるようになってきていました
100%でないにしても転職する際に期待されていたことは達成されているように思われますが、それなのにB社も辞められているのは何故ですか?
それはマイナスを回避できたことで会社に欲が出てきたということが大きな要因と考えていますが、それが悪いというわけではなく、営業収益を上げようとする経営陣と製造のさらなる安定化を考える私の考えにギャップが発生しだしたことや製造現場を含む技術部の部下たちに対する私の責任が重くなってきているということもあったのかもしれません

 

営業収益を上げようとする経営陣との見解の相違!

当初の約束では5年以内に赤字体質の会社を改善するということになっていましたが、それに関してはリストラすることも無くほぼ見通しが立ってきているという状態でした。
経営者から見れば、製造部門が安定し来た時点で営業部を改革することでさらなる利益拡大を狙ったと推測されますが、営業職のエキスパートを雇用し、取締役として権限を与えるようになりました。
B社は製造が主体の会社であり営業部門が弱いというのは感じておりましたので、会社の選択が悪いというわけではありません。

そして、B社では情報を共有する目的もあり製造現場の主任以上が参加する定例会議が行われていますが、その会議の場で、新しく来られた取締役によって新規の受託製造案件を主任以上が参加する定例会議で提案されたことがB社を退職することになる事件の発端となりました。

新規の受託案件というのが大掛かりな設備投資なしでは実現不可能な内容で、少しでも専門知識があれば当時のB社の実力と資金力では不可能なことは明白でした。
当然ながら、製造現場を実質的に預かっているという責任感から、「現在の当社の実力ではその案件を受けるのは無理です」と提案された会議の席上で回答することになりました。

それに対し、その取締役の発言は「検討することも無く出来ないというのはどういうことですか?営業担当者が折角とってきた仕事をそんな風に対応されたのでは仕事にならない」といったような内容だったと思います。

医薬品の製造ですら審査を通るのが困難な人材・設備しかないB社ですので営業担当者も無理だろうとは思っていたようですが、私としては取締役が「功を焦った」というように勝手に推測していました。
専門分野である私ですら、現場に入り込んで情報収集してB社の製造の実力やキャパシティーを把握するのに2ヶ月も3か月もかかったというのに、専門家でもないその取締役がB社の製造能力を把握できているとは思えませんでした。
大手企業が自社で実行するにはリスクのある製造を受託会社に依頼して実行するというのはよくある話ですし、将来はともかく、ようやく、赤字体質が改善されつつあった当社の現状を把握できていればそのような発言は無かったのではないかと思います

しかしながら、取締役の命令ですので、現場の方に協力してもらい提案された新規の受託案件を実行する場合に必要な設備、当時行っていた他の製造とのクロスコンタミが起こらないようにするための設備の配置やラインの確保、廃棄物や廃液の処理など必要な情報を集めて、工事費用も含めた見積もりを出すのに膨大な時間を割くことになりました。
当時は、施設管理や物流の方たちとも懇意にしていただいていたので、知識が足りない部分をカバーしてもらって助かったことも覚えています。
右往左往しながらようやく新規受託製造を受けるために必要な概算を定例会議の場で報告したところ、その取締役から言われたのが「こんな設備投資ができるわけがないでしょう!こんな無駄なことに貴重な時間を割いて・・・何を考えているのですか?」ということでした。

その場で反論することで会議が長くなると参加している方々に迷惑がかかるので、会議が終了してからその取締役に事の経緯を思い出していただき謝罪を要求しました。
自身の発言を覚えておられたようで、私に対する謝罪はありました。しかし、貴重な時間を割いて迷惑をこうむったのは私だけでありませんので、定例会議で謝罪することも要求しました。
この一言が余計だったようで、その後に行われた取締役会で「〇〇君は非常識だ!」という話になっていたことが私の耳にも入ってきました。

経営陣にB社の経営方針を問う!営業力と製造力のどちらで進めていくのか?

冒頭で申し上げたように、私はB社が製造会社としての能力を伸ばすために呼ばれていました。
商社のように営業力で利益率を上げるということが悪いわけではありませんが、会社の経営方針が営業力を中心に会社を拡大していくということであれば、製造のキャパシティを上げるために来ている私が居ることで今回のような衝突は頻繁に起こるようになり、会社としての統制が取れなくなると考えていました。

新規の受託製造案件に関する出来事はそれだけでおさまりましたが、会社の基本方針が営業主体であるのか製造主体であるのかというのは大きな問題と考えていました。

営業力のアップのために招聘された取締役と製造のキャパシティアップのために招聘された二人が衝突を繰り返すことは火を見るよりも明らかです。

役職はともかく、会社の基本方針が営業力アップを中心に考えているのであれば、知識も経験もない私は必要ありません。
むしろ、ことあるごとに正論を唱えて反論する人間の存在は会社の運営に不具合を生じさせることにもなりかねません。

そこで、私を招聘して下さった取締役(当時は部長になっていたように思います)と私の活動に理解を示してくださっていた取締役に、今後の会社の基本方針を問うことにしました。
そして、方針が決まれば船頭は二人も必要ありませんし、当時40歳を超えた研究一筋の私が営業傘下で製造を充実させるようなことは不可能ですので、営業中心で活動するのであれば私は身を引きますとも伝えました。
返事は保留されていましたが、しばらくしてB社の技術課長の求人を発見し、私の方が切り離されたことを知りました
辞めずに何とかする方法もあったのではないかと思うのですが・・・・?
B社の取締役から最後に言われたのが「〇〇君のいうことは正論であると思いますが、世の中は正論が必ずしも正しいというわけではない」というお言葉でした。
確かに、サラリーマンとして働く上で、部下と上司をうまく転がしていくという方法もあったのかもしれませんが、研究者が陥りやすい落とし穴として自己主張が激しく盲目的にまい進するという傾向が強いように思います。
私の場合、特にその傾向が強いということなのかもしれませんが、研究職で働いている方は転職する前に自己分析して、その会社で生涯働いてけるのかを冷静に考えるべきかと思います。もし、そのように活動できるのであれば、現状の会社でもやっていくことができるのではないでしょうか?