小説の執筆は、基本的に孤独で根気の入る作業です。そういった執筆作業の中で、小説家は心を病んでしまうことが少なくありません。太宰治やヘミングウェイといった文学史上の文豪たちが、最後は自ら命を絶ったことはよく知られているでしょう。
そこまで極端な結果にならずとも、小説の執筆パフォーマンスと小説家のメンタルというものは、かなり連動してしまいます。厳しい批判に晒されたり、自分の書く小説に自信が持てなくなってしまったり、俗に言うスランプという状態であったり。とにかく、人は様々な理由で小説を書くことができなくなってしまいます。
本記事では、具体的に、小説家がどのようにしてメンタルを安定させればいいのか。また小説を書くのが嫌になってしまった時、どうしたらよいのか。それらの原因と解決策について、わかりやすく解説いたします。
記事の信頼性としましては、筆者自身が今年にデビュー予定の小説家であり、複数の出版社との交渉経験があります。
小説家はどうして筆を折ってしまうのか
小説家は様々な理由で、小説を書けなくなってしまいます。そしてその多くは、メンタル面の問題です。
本項ではそうなってしまう代表的な原因を一つずつ明らかにしていったうえで、その個別の対応策と解決策を考えていきましょう。
厳しい批判に晒される
自分の小説を出版したり、公開したりすることによって作品をパブリックな場所に置くと、当然ながら様々な反応が返って来ます。それは好意的な意見であったり、否定的な批評であったり、もしくは悪意をぶつけるためだけに書かれた感想であったりします。
そうして厳しい批評に晒されてしまうと、小説家の心は簡単に折れてしまうことがあります。そうなるのはメンタルが弱いからだと単純に片づけてしまうことはできません。なぜなら、作品というものは往々にして小説家そのものであり、それに対する批判というのは、かなりダイレクトで致命的なものになりえるからです。
メンタルが弱いと自覚している人は、そもそもそういった物を見ないように気を付けましょう。読者の反応というのは最も気になることではあると思いますが、それよりは実際的な結果としての、売り上げやランキングなど、数値的な物に目を向けた方が良い場合があります。また作家によっては、自作の評判や反応というものを完全に無視してしまって、端から見ないことに決めている人がいるのを知っています。それはそれで、逆にメンタルが強いのではないかと思わざるをえませんね。
逆に批評や感想を見ると決めた場合には、それが主観的なものか、客観的なものかを区別して受け取ることができるようにしましょう。あまりに主観的かつ悪意に満ちたものであれば、そういった反応は気にする必要はありません。逆に少々手厳しい意見だったとしても、客観的かつ具体的な指摘だと判断できるのであれば、真摯に受け止めて次作に活かそうとする姿勢が重要です。筆者はどちらかといえばこちらのパターンで、自作の感想や批評には全て目を通すことにしています。最初はダメージを受けることも多かったのですが、いつしか慣れるものですね。
作品に自信が持てなくなり、意欲が減衰する
これもよくある現象です。小説の執筆はとても孤独な作業で、しかもかなりの長期間に渡ることがほとんどですので、その中で自作に対する絶対的な自信を保つことは非常に困難です。長いこと一つの作品と向き合っていると、「果たしてこれは、本当に面白いのだろうか?」と首を傾げてしまうことがあります。
そうなると、「こうしたらきっと良くなる」「むしろ、別の作品を書いた方が良さそうだ」という風に、創作の迷路へと迷い込んでしまうことになります。最終的には書く気が無くなってしまい、けっきょく作品が完成しないという最悪の結末を迎えることでしょう。自作に対する自信が無くなってしまう原因は、毎日のように執筆に明け暮れて疲れてしまうか、自分自身がその物語に飽きてしまい、執筆意欲が減衰してしまうことが大きな原因の一つかと思われます。
筆者はこうなってしまったときの有効な解決方法を、実はいまだに見つけられていません。この問題に対する筆者の解決方法は、「つべこべ考えずにとにかく書き終える」という、かなりの力技であるのが現状です。しかし筆者の作家仲間の一人が、この問題に対してとても面白い解決方法を教えてくれましたので、そちらをご紹介いたしましょう。
彼が実践しているのは、「創作におけるやってはいけないリストを作る」という方法でした。
目的は前向きなものでなくてはいけない、主人公の活躍が少なくてはいけない……こういった長年の執筆経験から得た教訓をつぶさにメモしておき、ふと執筆途中の作品がどうしようもなくつまらなく思えた時、彼はそれを見返します。そして一つ一つをチェックしていき、「やってはいけない」リストに抵触する箇所は修正します。そして全てを修正し終えた時、これは間違いなく面白いと彼は確信できるらしいです。今までにしてきた失敗の全てを修正したわけですから、「面白くない」と思うのは気のせいだ、とメンタルを変えてしまうわけですね。
スランプ――どうやっても小説が書けなくなる
前項の「自作に対して自信が無くなってしまう」というのは、どちらかといえば「作品を書きたくなくなる」、執筆意欲が減衰してしまう現象でした。
しかし逆に、「書きたいのに書けなくなる」というパターンもあります。書きたいのに、書かなければならないのに、どうしても小説が書けなくなる。それは俗に『スランプ』や、作家ならば『ライターズ・ブロック』とも呼ばれる現象です。
これは前項とも密接に関連する問題であり、その原因は共通する部分が多くあります。しかし前項が「そもそも執筆意欲が無くなってしまう」という問題だったのに対し、スランプは「執筆意欲に溢れているのに、どうしても納得のいくものが書けない」というような、より深刻な状態となります。前項における「なんとなく自分の作品が面白いと思えない」というようなぼんやりとした現象は、力技で解決が可能な一時的な状態ですが、ひとたびスランプに陥ってしまった作家は、そこから抜け出すのに数年の歳月が必要なことすらあります。
このようなスランプの原因は、多くの場合、自分の掲げる目標が高すぎることが原因です。「自分はもっと面白いものを書けるはずだ」、「こんな駄文を書いてはいけない」という風にどんどん自分を追い詰めてしまい、結局1文字も書けなくなってしまうようなことになります。ひどいスランプに陥ると、その激しい苦悩に苛まれて、執筆作業そのものが苦痛に思えてしまいます。そこまでいくともはやトラウマの領域ですが、スランプとはそういうものなのです。
こうなってしまった場合、前項のような前向きな解決方法は逆に自分へのハードルを上げてしまうことになりかねません。スランプの最も簡単な解決方法は、執筆に対するハードルを極限まで下げることです。名だたる大作家たちも、世に多くの傑作を生みだした以上に、多くの駄作を生み出してきたものです。どんな天才だろうと、必ずしも傑作が書けるとは限りません。ですから、ある程度は諦める気持ちを大切にして、書き続けるために邪魔なプライドや高すぎるハードルは、積極的に取り払う努力をしましょう。
担当編集と上手くいかない…
ここまでは作家一人の問題でしたが、ここからはもっと深刻な悩みになります。つまり、自分の心の持ちようでは如何ともしがたい、担当編集との不和についてです。作家志望の方は、担当編集が付くなんてまだまだ遠い話だよと思うかもしれませんが、とても大事なことですので、ぜひ読んで頂ければ幸いです。
担当編集は多くの場合、作家と出版社を繋いでくれる唯一の存在です。もっと言えば、実質的に自分の作品の命運の全てを握っているような存在であるといって差し支えありません。そういった事情もあり、売れっ子ならばいざ知らず、駆け出しの新人作家にとっては、担当編集という存在はとてつもなく大きな存在なのです。その編集と仲が悪いというのは、聞くだけでゾッとするような状態ですね。
残念ながら、仲が悪くなってしまってからどうすれば良いのかは、筆者にもわかりません。作家の冲方丁などは、出版社が無視できないような大物作家に相談しろと言ったりもしますが、そんな大物作家の知り合いがいない場合はどうすれば良いのでしょうか。
しかしこの記事は主に作家志望の方に向けたものですので、大半の読者にとっては、これは現在抱える問題ではなく、将来における不安事項だと思われます。ですので、本記事におきましては、担当編集とのファーストコンタクトからのやり取りに関する助言に留めておこうと思います。
少なくとも言えるのは、とにかく低姿勢に、丁寧に担当編集と接しましょうということだけです。作家デビューが決まると、誰でも天狗になってしまうものです。そうなってしまうと謙虚な心を忘れて、最初の段階から担当編集と躓いてしまうことになりかねません。本を出させて頂いているという気持ちを忘れないようにして、そして編集者というのはとにかく多忙な人であるという前提を忘れずに、謙虚に接しましょう。そうすれば、大抵の編集者というのは良くしてくれるはずです。
せっかく書いた小説を、誰にも読んでもらえない…
これは、WEB上の小説投稿サイトで書き始めた物書きにありがちな悩みですね。「これは絶対に面白い!」と自分で太鼓判を押してしまうような小説をネット上で公開してみると、期待していたような読者の反応が無い、そもそも誰にも読んでもらえていない…。それは時に、手厳しい批判を受けるよりもずっとショックな出来事だったりします。
そんなことがあると、それまで燃え上がっていた執筆意欲がふっと消えてしまい、次の作品を書けなくなってしまうことにもなりかねません。こういったことを防ぐためには、一体どうすればよいのでしょうか。もしくはそうなってしまったら、どうやって折り合いを付ければよいのでしょうか。
WEB上で多くの読者を獲得したいのであれば、作品のクオリティよりも先に、多くの人の目に留まる作戦が必要です。各小説投稿サイトにはそれぞれの傾向があり、特定のジャンルの物語を求めている読者層というのが存在します。そこに訴求できるような物語を書きましょう。それが自分の書きたいものとズレていたとしても、とにかく認知してもらうことが重要です。そして一度認知してもらえば、あなたの次の作品を読みたがる読者も生まれるでしょう。そこで、自分が本当に書きたかったものを公開してみるのも手ですね。
そしてすでに公開した小説が全く読まれないという場合には、残念ながら正攻法で読者を増やすことはなかなかできません。そのような場合は、自作を読んでくれる読者をSNSなどで自分から探しに行く必要があります。そうやってSNS上で作家として活動していれば、気の置けない作家仲間ができることもあります。後述しますが、小説家にとって同じ作家仲間というのはとても大事な存在です。もしもそういう友人ができたなら、大切にしてあげてください。
常に最高の状態で執筆するための、メンタル強化方法
小説家のメンタル面に関する代表的な問題とその原因、そして解決のための方策をご紹介しました。しかしこれらの問題というのは、作家という存在が長年苦しんできた、そもそもの根本的解決が困難な問題でもあります。だからこそ、我々は自身のメンタルを管理し、コントロールが可能な状態に保っておく必要があります。
ここからは、そういったメンタルの浮き沈みに左右されないために実践すべきことを紹介します。
余計なことを考えない環境作り
小説家の悩みの多くは、余計なことを考えてしまうことから始まります。しかし考えてみれば、サラリーマンにはサラリーマンの悩みがありますし、社長には社長の悩みがあるはずです。しかし彼らは、いくらか悩み事があったり、嫌なことがあったからといって、すぐに仕事ができなくなってしまったりはしません。もしそうだったとしたら、なかなか大変なことになってしまいますね。
小説家のメンタル面の問題が深刻化しがちな最大の原因は、小説執筆が孤独かつ、かなりの集中力を要求される作業であることにあります。その孤独で静かな作業の連続に耐え切れずに、小説家は絶えず余計なことを考えて、余計なことに悩み、結果として作家としてのパフォーマンスに悪影響を及ぼしてしまうわけです。
この小説家の職業病ともいえる問題を少しでもマシにするために、そもそも余計なことを考えない環境作りを徹底しましょう。
部屋は常に綺麗に整頓しておき、タスクを管理して1日にやるべきことを明確化して、クリエイターというよりは一人のビジネスマンとして、小説執筆に取り組むことができるシステムを作ります。
小説家といえばどこか世捨人、昔の作家のように、風来坊の自由人というイメージが根強い方もいることでしょう。そういった方は、このようなビジネスライクな執筆姿勢に違和感を覚えてしまうこともあるかもしれません。しかし小説執筆に対して本当に真摯に向き合うのであれば、そういった努力は必要なものと思います。
執筆を作業ではなく習慣にする
執筆を習慣化しましょう。「今日は書けなかった」、「今日はこれくらい書けた」、というような不定期な作業ではなく、「毎日必ずこれだけ書く」という習慣にします。毎日書く分量を決めて、その通りに実行していけば、スランプも何もありません。どれだけ書けないと思っても、どれだけつまらないと思っても、とにかく習慣として書き続けるのみです。
村上春樹は毎日必ず走って、毎日必ず書くという習慣作りの大切さを語っていました。彼はこの習慣化を徹底しており、「まだ書ける」「まだ書きたい」と思っても、一定量を書き終えればそこで1日の執筆をやめてしまうようです。「まだこの先が書きたい」という所であえて止めておけば、翌日にまた執筆に取り掛かる際に、すでに筆が乗った状態で作業に取り掛かることができるわけですね。
筆者はそこまで徹底しているわけではありませんが、とりあえずほぼ毎日小説を書くことを習慣化しています。「ほぼ」といったのは、筆者自身、まだ完全な習慣として定着できていないことに由来しています。他の仕事があまりに忙しい時などは、さすがに小説を書けないこともあります。しかしそれでも、筆者はほとんど毎日小説を書き続けて、とにかく物語を前へ前へと進めています。
そのおかげか、初めはあれほど困難に感じた執筆作業が、「今日もとにかく書き始めよう」というくらいまでハードルが下がったのを実感しています。さらには、いくらかのメンタルの浮き沈みには左右されにくくなりました。そして事実として、この習慣化の努力のおかげで、筆者は1冊分を大体1~2カ月ほどで書き上げられるようになりました。
筆者もこれを「ほぼ毎日」から「必ず毎日」まで高められるように努力いたしますので、みなさんも挑戦してみてはいかがでしょうか。
依存先を分散する
脇目も振らずに執筆に取り組み、目標を一つに絞って努力するのはとても大切なことです。しかし筆者は、それはやや危険な状態なのではないかと思わざるをえません。なぜなら小説の執筆だけに依存してしまうと、それが上手くいかなかった時のダメージというのは計り知れないからです。1年も2年も費やして、それだけの心血を注いで出版された小説が、もしも全然売れなかったら。もしくはなんらかのトラブルによって、最後の最後に出版自体が白紙となってしまったら。考えるだけでゾッとしますね。
何作もの連載や出版経験のあるベテラン作家ならばいざしらず、それが初めて出版にこぎ着けた新人作家の、大事な作品だとしたら。その精神的なダメージの大きさというのは想像がつきませんし、想像すらしたくありません。そして残念ながら、そういった悲しい出来事がしばしば……というよりは頻繁に起こってしまうのが、小説家という職業なのです。
そのために、あらかじめ精神的な依存先を複数用意しておきましょう。1つだけに頼り切って、それだけに全神経を集中させていると、普段は気にしないような些末なことにも気を病んでしまうものです。自分が楽しいと思うこと、全力で取り組むことを複数用意しておけば、そのどれかが上手くいかなかったとしても諦めがつきますね。もしくは他のことが忙しくって、落ち込んでいる暇すら無いかもしれません。
筆者としましては、他の記事でも紹介しました通り、副業に取り組むことをオススメします。副業を頑張れば経済的にも豊かになりますし、自分のスキルも上がっていきますし、良いこと尽くめですね。仮に小説家が上手くいかなかったとしても、そちらの方面で継続的な収入が得られるようになるかもしれません。そうなれば、一度くらいの挫折はむしろ良い経験だと思って、再起のチャンスを窺うことができるようになるでしょう。ちょっと忙しい、もっと小説を書く時間が欲しい、と思えるくらいがちょうど良いのかもしれません。
悩みを相談できる作家仲間を作る
小説家という孤独な生き物にも、仲間は必要です。悩みをすぐに相談できるような作家仲間がいれば、あなたのメンタルはかなり安定するでしょう。それは小説に関する悩みかもしれませんし、編集と上手くいかない…というような愚痴かもしれません。とにかく、そういった悩みを話し合えるような小説家の友人を作りましょう。
こういった友人は、できれば同じ小説書きであることが望ましいでしょう。つまりは「作家仲間」です。なぜなら、小説家の悩みというのは多くの場合、小説家に特有のもので、外部の人間には理解されにくい部分が多いからです。たとえよく小説を読む友人だったとしても、実際に小説を書いた経験がなければ、執筆の悩みに有効なアドバイスをすることは難しいと思われます。
筆者にも何人かの信頼のおける作家仲間がいて、何かに悩むとすぐに電話してしまいます。小説の展開に関する悩みを相談することが多いのですが、彼らから有効なアドバイスを得られることは、正直に言ってそこまで多いわけではありません。しかしそれでも、「誰かに相談できる」という状況自体が非常に重要なわけです。
たとえ状況を打破するようなアドバイスが得られないとしても、彼らに状況や自分の考えていることを説明してみることによって、自分の思考を整理することができます。そうすると、もっと根本的な問題点が見つかったり、思わぬ解決策が思い浮かんだりもします。
彼らは問題を何でも解決してくれる超人ではないにしろ、彼らがいることによって、あなたのパフォーマンスを底上げしてくれるのです。
まとめ
小説家がぶつかりやすいメンタル面の問題について、その原因と解決方法を解説いたしました。先述しました通り、小説の執筆パフォーマンスというのは、本人のメンタル面からかなりの影響を受けてしまいます。そしてそれは、一時的な執筆意欲の減衰で済むこともあれば、何年も抜け出せない泥沼のスランプに発展することすらあります。
そういった深刻な状態に陥らないためにも、作家が陥りやすい悪状態を知っておき、それに対する対処法を確立しておく必要があります。これらの状況は、小説を書き続けていれば一度ではなく何度もぶつかってしまいますので、自分なりの解決方法を見つけておきましょう。
そしてそもそも、そういった状況において執筆パフォーマンスの低下を最小限に抑えるために、日頃から自分のメンタルをコントロールする環境作りと訓練が必要です。
人間ですから、何かに悩んでしまうのは当然のことです。しかし少しでも面白い小説を、1作でも多く書くことができるように、自分のメンタルとの付き合い方を少しずつ学んでいきましょう。
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